お好み焼きにデリヘルを重ねてみた
土曜日の夕刊紙のコラム。この日は広島のお好み焼きに関してだった。もちろん、人間味を感じさせるいい話。
ふと思った。このコーナーでデリヘルが取り上げられるなんてことはないんだろうなと。デリヘルでも、人間味溢れた話はいくらでもあるにもかかわらず。
例えば、名古屋の開業依頼者。四十歳代半ば。それまで派遣社員をしていた。だが、いわゆる派遣切りに遭い、失業。ハローワークに通ったところで、特に資格を持たぬ中高年齢の男性に仕事が見つかるはずもない。
そこで、思いついたのがデリヘル開業。二十年近くに渡ってコツコツためた金が三百万。それを元手に自営することを決意した。
「大儲けしようとは考えていない。毎月、自分ひとりが生活できるだけの金が残ればいい」
と、彼。未婚。何もデリヘルでなくてもいいのにと思うかもしれないが、彼にとって「勝負」できると思えた業種は他になかった。
そう、勝負。自分ひとりだけの金が残ればいいとの彼の言葉は確かに本心であろうが、勝負してみたいとの意識も少なからずとも感じられた。むしろ、そのくらいの気持ちがなければ、成功などおぼつかない。けっして甘くはないデリヘル業界、誰もが成功するはずもない。もちろん、彼もそれをわかっていた。ゆえに、勝負だ。結果、彼はその勝負に、負けてしまったのだが。
また、足が不自由なある障がい者の男性。生活は障害年金でなんとか維持していける。しかし、それで日々、おもしろいはずがない。当たり前だ、人は生活するためだけに生きようと思っているわけではない。ましてや三十歳代、彼は何かをしたがっていた。そこで、デリヘル開業。障がい者でない人による障がい者相手のデリヘルがあることも知っていた。それに対し、
「障がい者である僕がやることで信用もされるはず。そこに勝機も見出せるのでは」
彼のこの選択を誰が誤っていると言い切れよう。彼は車の運転免許を取得し、開業に踏み切った。
電気工事屋の兄ちゃん。若いヤツをふたりほど抱えている。だが、仕事が減り食わせてやれない。借金もこれ以上は無理なほど抱えてしまっている。切ればいい? 彼にはそれができなかった。代わりに夜から深夜、3人で副業としてデリヘルを始めることにした。昼の仕事がない日には、「資格を取るための勉強をしろ」と若いヤツの尻をたたく。いつまでもデリヘルをやろうとは考えていない。今を乗り切るためだけの策。
「まだ若いから、少しくらいの無理もきく」
そうは話すものの、それでも体重は減っている。
もちろん、このような話ばかりではない。中には「楽して儲けたい」との思いで開業する人もいる。けど、それでも考えてみたい。誰だって、楽して儲けられるものなら儲けてみたいと思っているはず。それを否定するのなら、デイトレーダーを否定しろ。不動産収益で食ってるヤツを否定しろ。あぐらをかいて生きているヤツを許すな。
僕自身もいつも自己に問いかけている。彼らをだしにして、自己を肯定させているに過ぎないのではないかと。だが、少なくとも僕もまた彼らと同じ立ち位置。あぐらをかける座布団も持っちゃいない。そんな僕は果たして偽善者か否か。それを判断するのは彼らであって、少なくとも、向こう側の「恵まれた」人たちではない。
その「恵まれた」人たちは、きまって腰回りにたっぷりと肉をつけている。そして、僕はそれを「醜い」と呼ぶことで、せめてもの抵抗を図っている。
僕は、踏み出す前の人の背中は押さない。踏み出した人の背中はそっと支えてあげている。非難されることもある。苦虫をかみつぶしたような顔をされることもある。だが、逆に聞きたい。あなたはそれほどまでにきれいな生き方をしてますかと。(23.12.11)
追記 遠吠え
なぜ僕は、この業種を軽く扱う同業者を厭うのか。おそらく、大事にしているジャンルだからであろう。デリヘルが大事なジャンル? 意外に思われるに違いない。だが、ここには弱者もいる。落ちこぼれた人もいる。それを知ってしまったがゆえ、僕はこのジャンルに携わっている。僕自身も落ちこぼれ、格好よく言えば負け犬。
心の中では、今もなお重たいものを引きずっている。ゆえに、軽いヤツは許せない。軽々しく入ってきてほしくはない。このジャンル、軽く扱うと痛い目に遭うよと、脅すこともある。実際、痛い目に遭ったヤツもいる。一方、僕は遠吠えに明け暮れる。(23.12.11)